「隣の芝生は青いけど、自分の芝生も意外と青い。」

自由気ままにのんびりと。好きなことを綴ります。

#12 人生一度きり

どうも。青芝です。

いよいよ、ブログを開設して、

毎日投稿を目標にして半月が経とうとしています。

我ながらここまでブログを続けられていることに、

感心し、それと同時に不思議な感じがしています。

 

前置きはここまでにしておいて、

本日は私の人生観について話していきたいと思います。

 

みなさんは、自分の人生、真剣に考えたことはありますか。

私は前職を辞めるまで、真剣に考えたことはなかったです。

周りの目を気にして、同調し、空気を読んでいるつもりですが、

いつの間にか、自分がない人間になっていました。

我が弱いではないんです。我がないんです。

あれが欲しい、あれが食べたい、あれをやりたい、

そういった当たり前の欲求がない人間になってしまいました。

 

無職中にいろいろなめぐり合わせで、

友達と人生観を話す機会がありました。

私の生い立ちを含め、学生時代、家庭環境、

本当に周りに気を遣って生きてきた旨を伝えました。

すると、友人はこういってくれました。

 

『自分(私)がかわいそう。もっと自分を大事にして、我儘に生きても

周りは、全然そのことについて気にしないから。』

 

この言葉の意味は、

幼少期からの今まで生きてきた自分を否定することになります。

しかし、この言葉を言われた瞬間、涙が止まりませんでした(大の大人25歳)

それと同時に、自分と向き合わず、自分を大切にしてこなかったことに

気付かされました。

 

この友達からの言葉から半年程経ちますが、一度きりの人生、

我儘になって、自分がしたいことをやるべきだと思います。

周りからなんと言われようと、

極論、自分以外の人は赤の他人です。

人生の主役は自分自身ですから、自分が満足いく、

心からそう思える人生を歩んだ方が、

自分がいつ死ぬこととなっても、後悔ないと私は思います。

 

今、思い返すと、私は前職を辞めるまで、

周りにはプライドのないような人だと見せかけて、

内心はプライドの塊のような人でした。

自分の周りを取り巻いてる環境を「当たり前」のことだと認識し、

人に感謝するなど、人として当たり前のことができていませんでした。

しかし、前職をやめて、お金、社会的信用を失い、

本当に何もない人間になってしまいました。残ったのは友達ぐらいですかね。

 

本当に人間、失ってから失ったもの価値に気付きます。

しかし、失ってからでは遅いのです。

失ってしまったら、感謝することさえできません。

 

私はこれからの人生、

周りのことに感謝し、自分がしたいように我儘に生きていきます。